もやぼかし「K社T5」


古い色留袖で、シミがひどいです。
  

このようにかなり広い面が変色してしまっていて、シミ抜きができません。
  

「抱きジミ」と呼ばれる卵型のシミが両胸にできています。
  

その拡大
非常に汗をかきやすく、シミの出やすい場所です。
  
地色を染めることによって、このシミを隠したいという要望です。
指定されたのがこの色です。

これがなかなかに難しい
地色の広い面積を染めるには、用途によって色々な方法があるのですが、ぼかしは「引染」と呼ばれる方法でしかできません。最もイメージされやすい染め方で、液状の染料を刷毛で染めていきます。
引染の特徴として
・ぼかしなど多彩な表現が可能。
・元色、元シミの影響を受けやすい。
などがあります。
  
引染で地色を染めるなら、共濃い(同系色濃いめ)がセオリーです。写真では白っぽく写ってますが、実際はネズミみの青で、これに濃い青をかけても茶色いシミは隠れません。シミを隠すためにはやはりシミと同じような茶系の色にする必要があるわけです。
その意味で指定の色は正解なのですが、引染は申しましたように、元色、元シミの影響を受けやすいのです。
  
どういうことかといいますと、新品の白生地であればそんな心配はないのですが、扱い品が古物だと、目に見えないような汚れやシミ抜きの履歴によって、染料の吸収のいい部分、悪い部分があります。それを染めると当然染めムラになるのですが、それが同系色だとさほど気にならないものです。ところがこれは、青と茶ですから、色の性(色相)が全然違います。ちょっとした吸収の差が大きな色の違いになって現れてしまいます。
  
また、「ボカシ足」というグラデーション部分も難しい。その濃淡までも合わせてきっちり重ね合わせることは至難です。ちょっとした出入りで、青い部分と赤い部分ができてしまう。これは大変見苦しくなります
  
シミを隠す力も弱いです。シミのように異物があると、液状の染料はそこへ寄って行こうとするので、やはり染めムラになります。そして、輪郭のぼんやりしたものならともかく、際ヅキのあるものは、その際がどうしても消えてくれない。
  
そこで、「もやぼかし」にするよう提案しました。襦袢によくあるような、全体をもやにしたぼかしです。百聞は一見にしかず。御覧いただきましょう。


  
抱きジミの部分はこんな感じに。

  

ボカシ足の部分はこんな風になってます。まあまあ上手くいったほうです。
  
もやボカシは、このようにシミを隠すだけでなく、色ヤケを隠すときにも有効な染め方です。「絵羽筋」といいますが、縫い目の中と外でクッキリと色の違いが出ることがあります。シミのときに説明しましたが、こういう輪郭のクッキリしたものは隠せません。元と同じ寸法に仕立てる場合や、袖山などがぼんやりと変色している場合にはうってつけです。