黒色上げ「O社F571」

前回の日記で、クリーム色の振袖を黒地に替えるところを見てもらいましたが、
今回はその応用編です。

黒留袖です。
写真では分かりづらいと思いますが、地色が褪せてネズミ色になっています。
紋のところを見てもらいましょう。

明らかに紋の周囲と地色の色が違ってしまってますね。
(写真は紋糊が置いてあります。
 紋のところが染まらないように、紋の形にゴムを置きます)
なぜこんなことになるかというと、
黒留袖は殆ど全て石持ち(=こくもち。後でどんな紋でも入れられるように丸く染め抜いてある)なので
紋がまん丸でない限り、余った周囲を塗りつぶさないといけません。
その材料と、地色を染める染料が違うので、変色の仕方に差異ができてくるわけです。
  
地色は全体に褪色するので目立ちませんが、紋のところは非常に目立ちます。
これを目立たなくしてくれという依頼がありますが、
これは紋の周囲だけチョコチョコ触って直るものではありません。
どうしても地色全体を染めないと直りません。
  
これは先の地色替えと同じ方法で黒を再度染めると改善されます。
今回のはネズミ色になってますが、
よくあるのは「羊羹色」と表現されますが、赤み、赤茶系に変色します。
「仕立てたままヤケ直しをしてくれ」と依頼されることもありますが、
黒だけは、まず色が合いません。
他の色のように調合して調節することができないからです。
それと、色が十分に止まりませんから、着用中に色落ちします。
どうしてもきちんとした染色をしないといけないのです。

地色を黒に「I社521」その3


さあて、立派にできあがりました。
牡丹色(やや紫がかった鮮やかな赤)と黒の相性もいいです。

巻きボカシにすると不恰好になる伸びた枝のところも
きちんと伏せて(柄が染まらないように防染して)染めれば全く問題ありません。
いやあ、こっちの思いを先さんできちんと理解してもらえると、
仕事にも張り合いがありますし、心なしか出来も良いように思います。
  
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ダック商品にロウケツ吹雪「Y社M58」その1


しまったなあ、加工前の写真を撮りませんでした。
でも、手をかけるのは地色の部分で、柄のところはさわりませんから、
吹雪に関してのトピックという意味では問題ないはずです。
  
吹雪というのは、細かい斑点状の模様を言いますが、
吹雪加工は3種類の方法があって、
中間業者にも、その違いや用途を正しく理解していない人は少なくありません。
順に紹介していく機会があるでしょうが、今回はロウケツ吹雪です。
しかもダック友禅を施された商品ということで、更にことは複雑ですので、よい資料です。
  
まずはダック友禅から解説しましょう。
普通手描き友禅は、
・柄部分を白く残して地色を染める
・次に柄部分を彩色していく
という手順か、或いは逆に
・柄部分を彩色する
・そこに色が入らないように地色を染める
という手順で染めます。
どちらも地色を染めるときに、柄のところに色が入らないようにしないといけません。
そのために、その部分を糊で覆って養生するわけです。
この手間を省くために考えられたのがダック友禅です。
  
・防染液を混ぜた染料で柄部分を彩色する
・地色を裏から染める
というやり方です。
柄のところは加熱することで撥水効果が現れ、あとで染められる染料をはじき、染まりません。

左はさきほどの商品を裏から見たものです。
柄のところにも地色が乗って不鮮明になってしまってます。
右は普通の友禅を裏から見たものです。
柄のところは伏せてあるので、地色が全く入っておらず、輪郭こそ不鮮明ですが、色ははっきり出ています。
  
さて、ダックの話は一旦おきましょう。
もっと色々お話ししたいことはありますが、今回の主役はロウケツ吹雪です。

ロウケツ吹雪というのは
・生地に溶かした蝋を飛沫状にして吹き付け
・地色を染める
・蝋を落とすと、そこだけ染まらず斑点状の模様になる
というものです。
  
注文は
「柄はそのまま残して、地色だけを吹雪入りで指定の色に替えてくれ」というものです。
冒頭に、吹雪は3種類あると申しましたが、
今回用いるべきはロウケツ吹雪です。
    
先ず柄を養生しないといけません。
通常の地色替えであれば、米から作られる水溶性の伏せ糊を使いますが、
吹雪にロウケツを使うため、蝋を使うことを考えます。
同じ性質の物を使うことで、色々利点があるからです。
しかしこの商品はダックです。
ダックはガード加工と同じく、付着しようとするものを寄せ付けない働きがあり、
更にそれは加熱により効果をより一層発揮しますから、
溶かした熱い蝋など受け付けようとしません。
そもそもダックそのものに防染効果があるわけですから、
伏せる必要がないのです。
  
じゃあ、
・全体に蝋の吹雪を置いて
・地色を染める
だけで、終わりじゃないかと言われそうです。
実際最初はそうしてしまったのです。
それが失敗に終わりました。
  
どうしたことか、染料をはじくはずのダック部分も、蝋の周辺部は色が入ってしまったのです。
柄の部分はまだらになってしまいました。
その理由は今だにわかりませんが、心得ておくべきは
ダックと蝋の相性がよくないということです。
そこで、柄の部分に蝋が乗らないように、前回の日記で登場したエンブタで伏せるわけです。
このあと蝋の吹雪を置き、エンブタを剥がしてから引染をするときれいに染まります。
  
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地色を黒に「I社521」その2


  
柄を伏せる準備です。
「伏せる」というのは、加工が及んではいけない部分を覆って養生することです。
これは地色は黒にしたいのですが、柄はそのまま残したい。
だから、柄部分に防染用の糊を置いて染まらないようにしないといけません。
「じゃあ、柄を伏せないといけないのに、写真は逆じゃないか」と言われそうです。
さにあらず。
  
青く見えるのは、「エンブタ」と呼ばれるビニールのような粘着シートです。
巨大なビニールテープみたいなもんです。
漢字で「縁蓋」と書いてあるものを見ますが、正確な漢字なのか当て字かわかりません。
その用途はマスキングですから、字義は合ってますけどね。
  
このエンブタで柄の「周囲を」伏せます。
その後柄の上に「伏せ糊」という防染用の糊をヘラで盛ります。
生乾きの状態で、エンブタを剥がすと、柄の上だけに糊が乗っているというわけです。
我々の取引先さん(中間業者)にも、これを勘違いしている人は多く、
エンブタで「柄を」伏せると思っている人は少なくありません。
ではなぜエンブタで柄を伏せることができないのでしょうか。
  
エンブタはセロテープほどの粘着力しかありませんから、枝先や水玉など細い部分になると食いつきが弱くすぐめくれます。
染色という作業に耐えるだけの粘着力がありません。
また、生地の表面に乗っかってるだけで、繊維にガッチリ食いついてるわけではありませんから、
側面から染料がもぐり込んでしまい、十分に防染の役割を果たすことができません。
やはり糊で伏せないと染色という作業はできないのです。
  
本来なら「筒」と呼ばれる道具で(後日詳説する機会があるでしょう)
柄部分を塗りつぶすように手作業で糊を置いていくのですが、
エンブタを使ったほうが簡便でコストを抑えることができます。
また、物が糊ですから、乾くとパリパリになって、割れたりめくれあがったりします。
そうすると染色時に柄部分を汚染してしまうので具合が悪い。
エンブタを使うことで、糊を扱う時間を短縮することができ、糊割れの防止になります。
また、シゴキや引染という話がありますが、これは後日に譲りましょう。
  
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背景色を地味に「T社4009」その2

加工ができました

せいぜい細かいところまで頑張って入れました。
ほぼ予想通りの上がりです。
ふーん、これで気に入ってもらえるのでしょうか…。

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背景色を地味に「T社4009」その1


このバックの朱色を地味にしてくれという依頼です。
問題は、指定の色が相当に濃いのです。
・仕立てたまま加工せよ
・指定の色にせよ
この両立が難しいのです。
  
ご覧のように松葉が細かく入り組んだ柄ですが、これは金彩です。
染料で金属は染まりませんので、上からざっと塗っても、松葉はそのまま残ります。
すこしくすませる程度なら、染料でも仕立てたまま加工します。
コテで加熱して蒸しの代わりにします。
  
ところが色が濃いと、裏地まで色が通ってしまったり、
染着が十分でなくて、色泣きの事故を起こします。
反物の状態だと、これもきれいに加工できるのですが、仕立てたまましろという指定です。
  
顔料(樹脂系の着色剤)はピースと呼ばれるエアブラシのようなもので加工できます。
仕立てたまま濃い色を乗せることもできますが、これは金の上にも乗ってしまうので、
松葉が消えてしまう。
かといって、これをマスキングするなどは、とんでもない手間がかかります。
  
さて困りました。

そこですこし地味にしたシュミレーション画像を見せましたが、納得してもらえません。
そればかりか、
「場面の広いところだけ、顔彩(=顔料による彩色)でいいから指定の色にしろ」と言ってきました。
それは絶対におかしい。
そこで、これもシュミレーション画像を作ってみました。

形のはっきりしないかたまりがボコンボコンとできました。
しかも、上前は松葉が詰まっているので、彩色できるのは主に後身です。
  
これでOKを言ってきました。
まことにもって気の進まない仕事です。
なぜこの「変さ」が理解されないのでしょうか。
赤い花を黒く「N社」でも少し触れましたが、
我々は顧客(中間業者)の指示で加工を請け負う仕事ですから、
ここまで説明を尽くして尽くして、それでも「やってくれ」と言われたら逆らえません。
消費者の気持ちになったら、とてもじゃないが手をかける気になれません。
ビジネスと割り切ってやるしかないです。
あー、つまらん仕事だ。
  
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地色を黒に「I社521」その1


振袖です。
シミを隠したいので、地色を染めたいというご希望です。
写真ではわかりませんが、たくさんカビ跡があります。
最初はねずみ色という希望でしたが、シミが隠れません。
紆余曲折あって、黒ということになりました。
  
で、最初は巻きボカシにして欲しいという要望でした。
「巻きボカシ」というのは、柄に色がかからないように、
よけながらぼかす染め方です。
「遠巻きに眺める」とか「取り巻く」とか言うように
中心となるものの周囲を囲むことを「巻く」といいますね。
  
この振袖、写真では地色が無地に見えるかも知れませんが、
白と玉子色のぼかしになっています。

アップにしたらわかりますかね。
柄の近くは白くて、その周囲は玉子色になってますね。
その境界線をわかりやすく示すと、

こういう具合になっています。
  
これに沿って黒に染めるとどうでしょう

一部柄が黒く染まって消えてしまうのと、
長く伸びた枝の部分が天狗さんの鼻のようでいかにも不恰好です。
  
こういう柄は、本当は部分的に柄を伏せて(=染まらないように糊で覆って)染めると

恰好よく染まります。
しかし糊伏せの手間賃が余分にかかってしまいます。それを嫌がるお客様から
「伏せずに、尚且つせいぜい柄の近くまで染めてくれ」と言われることがあります。
そうすると、こんな感じ。

ますますもってブサイクです。
しかもよけた部分は白のところと玉子色のところが残っていますから。
見ようによっては地色が変色したか、あるいは染料が分離したかのように見えます。
  
そんなやり取りを何度か繰り返して、
結局ボカシにせずに、このブログの第1話のように、
柄を全部伏せて地色を完全に黒に替えることに決められました。
最良の選択だと思います。
実際にかかることになりましたので、後にその様子を見ていただきましょう。

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